む。お前の掃除をしてくれたのも思いかけない事には相違ないのだ。よくやってくれた。難有《ありがた》いよ。
モデル。(画家の方に背中を向け、余所余所《よそよそ》しく。)どう致しまして。
画家。丁度|好《よ》かったのだ。今日は愉快な事があるのだから。
モデル。それではやっぱりお始めなさいますの。(画家の方へ向き直る。)
画家。為事なんぞはしない。お客があるのだ。
モデル。え。
画家。ある貴夫人が見えるのだ。
モデル。え。
画家。お嬢さんだ。
モデル。その方をおかきなさるの。
画家。そうさね。かくかも知れないよ。(思に沈む。)実にきのう程妙な日はない。お前の事だから、話して聞かせよう。お前は急がしくはないのだろう。
モデル。いいえ。`別に用事はございませんの。
画家。そんなら腰でも掛けないか。(娘はやはり立ちいる。)まあ、考えて見ても知れるだろう。宴会なんというものは随分つまらないものなのだ。儀式張っていて、退屈で。おまけに婚礼の宴会と来ては堪《たま》らない。馬鹿《ばか》な演説が沢山あるだろう。とんちんかんな事だらけで、可笑《おか》しくもないのに笑ったり何かしているのだ。勿論《もちろん》そんな
前へ 次へ
全81ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 林太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング