実際駄目なのだ。それとも己《おれ》の顔はやっぱり作業熱のある顔に見えるかい。
モデル。そうではありませんけれど。
画家。処《ところ》で。
モデル。兎《と》に角《かく》愉快らしい顔をしていらっしゃるわ。
画家。そりゃあそうさ。愉快な事があったのだ。
モデル。きのう。
画家。うむ。しかも遅くなってからだ。思いかけない事もあるものさ。
モデル。そんなにお嬉《うれ》しい事なの。本当でございますか。
画家。うむ。本当だよ。
モデル。わたしの骨折《ほねおり》なんかは、なんでもございませんわ。(画家は何《な》んの事か、分らぬらしく、娘の顔を見る。娘は間《ま》の悪気《わるげ》に。)何んでもございませんの。今日はお為事におかかりなさいますかと思いましたので。
画家。そこで。
モデル。お部屋を綺麗《きれい》に致しましたの。しかし造做《ぞうさ》もない事でしたわ。
画家。(驚きて四辺《あたり》を見廻《みまわ》す。画室の塵《ちり》一本もなきように綺麗に掃除しあるに心付く。)うむ、なるほど。
モデル。ちっともお気がお付きなさらなかったの。
画家。(娘の顔の甚しき失望を表わせるに心付きて詞《ことば》急に。)うむ。う
前へ
次へ
全81ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 林太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング