事だという事は初めから分っていたのさ。だが己は少し気が浮々して来たもんだから、むちゃくちゃに饒舌《しゃべ》っていたのだ。そうすると思いかけない事に出合ったよ。
モデル。その思いかけないと仰《おっし》ゃるのは。
画家。うむ。己の話の分ってくれる女がいたのだ。心《しん》から分るのだ。言筌《ごんせん》を離れて分ってくれるのだ。己の言う意味が分るかい。己とその女とは初めて顔を見合ったのだ。人に面倒な紹介をして貰《もら》ったわけじゃあない。あらゆる因襲を離れて出し抜けに出合ったのだ。人間と人間とが覿面《てきめん》に出合ったのだ。どんな工合《ぐあい》だか、お前には中々《なかなか》分るまい。食卓を離れてから、その女と隅の方へ引込んで、己は己の事を話す。女は女の事を話したのだ。何んでも、大体はお互に知り合っていて、瑣末《さまつ》な事を追加して話すというような工合さ。何んでも、万事いわなくっても先へ知れているという工合なのだ。妙じゃあないか。
モデル。(無理に微笑む。)それは随分ね。
画家。え。
モデル。随分珍らしい事というものでございましょうね。
画家。大抵一人の人間に打《ぶっ》つかろうというには、色
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