む、風のひやびやと身にしみる丸木小屋に住ってふるえながら神様がお召になるまで泣きながら暮らさなければなりませんわね――
 死んだ子の年を数えるよりもっと無駄とは知りながらもお城の中での楽しかった暮しを思い出さなければならないんでございますわ。
第一の女 私はお二人のどちらがおよろしいのか又どちらが御悪くていらっしゃるのだかそんな事を定める力はございませんけど、法王様がお怒り遊ばした――と云う只そればかりがもうたまらないほど恐ろしいんでございますわ。
 法王様がお怒り遊ばした――神様だってお怒り遊ばしたに違いございませんわ。
 まあ私は何をお祈りしていいんだかそれでどなたにおすがり申上げたらいいんだろう。
老近侍 皆様御自分にお祈りなされ、御自分におすがりなされ。世の中に自分ほどたよりになるものはござらぬわ。
 法王様も――又陛下も、御自分の御力を偉大なものだとお信じなされたればこそこの事も出来たのでのう。
[#ここから4字下げ]
三人の女は一っかたまりになって青い顔をして屋根の方を見、老近侍はだまってその三人の女を見る。
二人の若い男が家の影の方から走って来て四人の前に立ちどまる。女達は急に取りつくろった様子をして顔を男の方に向ける。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
若者の一 奥様方に申上ます。法王が城にお見えになりまして只今中門から此処をお通りなされると申す事でございますから……
若者の二 左様御承知なさいませとの事でござります。
[#ここから4字下げ]
若者去る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
第一の女 さぞまあ武士を沢山お連れ遊ばしてでございましょうねえ。
第二の女 さっととぎすました剣を捧げて居るんでございますよ。
[#ここから4字下げ]
第三の女、二人の間にわり込む様にはさまる。
四人ともだまって何も見えない下手を見る。
笛の音が段々近づく。人の足音も響いて来る。
三人の女は云い合わせた様にかたまって家のわきにピッタリと体をもたせかけてお互に手を握り合う。
老近侍は一人はなれて反対の側に立つ。
小さい旗をもつ二人が先ず姿を見せる。大きく煙の立つたいまつをもった男二人、二十人ほどの武士のあとから飾りたてた白馬に乗った法王が現る。
真白い外套が長く流れてひげも眉も白い。頸から金の十字架がかかってまぼしい様にチラチラと光る。
厚い髪を左右にピッタリとかきつけて心持下を向く法王の後からも、先に進む人と同じ様子に続いて沢山の宮人がついて行く。
おだやかに静かな行列は広場の中央をよぎって順々に見えなくなる。
息をつめた様な様子をして三人の女は消えて行く行列をながめる。
すっかり見えなくなった時三人同時に顔を見合わせる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
 「いらしったんでございますよ。
[#ここから4字下げ]
第二の女が云う。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
第一の女 ほんとうにねえ――とうとう。
[#ここから4字下げ]
低く云って指環の多い方の手で十字を切る。老近侍は法王の去った方をじっーと見つめる。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]静かに幕

    第一幕

     第二場

    場所
  王の場内の一部

[#ここから4字下げ]
景 太い柱が堅固ラシクスクスクと立ちならんで、上手中央下手に左右に開く扉がある。
四方にはドッシリした錦の織物を下げて床には深青の敷物をしきつめる。
大きな卓子をはさんで二つ椅子。
大理石で少し赤味を帯び大形で彫刻の立派な方は玉座であるべき事をも一つの方をすべて粗末にして思わせる。
卓子の上には切りたての鵞ペンと銀の透し彫りの墨壺がのって居る。
部屋全体に紫っぽい光線が差し込んで前幕と同じ日の夕方近くの様子。
幕が上る。しばらくの間舞台は空虚。
細くラッパの音が響く。
中央の大きな扉が音もなく左右に開き真赤のビロードの着物に同色の靴、髪を肩までのばした十七八の小姓が二人左右から扉を押える様にして、片手ヲ胸にしてひざまずく。
二人|青《あお》い着物に同色の靴の香炉持。
後からヘンリー四世。
緋の外套に宝石の沢山ついた首飾りをつける。
栗色の厚い髪を金冠が押えて耳の下で髪のはじがまがって居る。後から多くの供人。
王が大きい方の椅子に坐すと供人が後に立ち、香炉持ハ左右に。
紫っぽい細い煙りは絶えず立ちのぼって王の頭の上に舞う。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
王  法王はわしに会いに参ったそうじゃのう。
小姓 御意の通りでございます、陛下。
王  呼んでおくりゃれ。
[#ここから4字下
前へ 次へ
全17ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング