げ]
小姓下手から去る。
同じ口から法王が出て来る。
前の幕と同じ服装、手に聖書を持つ。
王の前に座ると後を沢山の供人が守る。
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法  お達者で――
王  大変良い時候になり申してのう。
法  まことにおだやかな日和はつづき家畜共さえ持てあますほどリンゴも熟れまいてのう。
 これも皆神の御恵でござるわ。
王  美くしゅうは熟れても、心《しん》のやくたいものうくされはてたのが多いのじゃ。
法  したが世の中はその方が良い事が多うござってのう、一概には得申されぬもので……
王  おお、わしが気がつかなんだが御事の御出でやった事には幾重に礼事を申さねばならぬ事らしいのう。
法  否《いや》、わしは母御の頭から生れたものと見え申して礼事を申さるる事と賞めらるる事は虫ずが走るほど厭でござるでの。
 あまり調子にのって礼事を云われればやがてはいま一度心にもなくて礼申した人のためにせいではならぬ事が必ず生れるものでのう。
王  一寸も礼も申されいで笑うて居る人は十人に一人とはござらぬわ。
法  一度つい、ひょんな事から溝に落ちてからはどぶの上澄を見る事が噸ときらいになりまいた。
王  さてさてすきこのみの多い人じゃ。
 わしは御事とはあべこべに大好じゃ。
 細そい木片ですきまなくせせって、せっかく澄んだのを濁すのが面白うてのう。
 とは申せ上手に濁す濁さぬはかき廻し手の器用不器用によるのじゃが……
法  どぶのわるさも自らの落ちぬ限りでのう、泥深くてやたらともぐり込むそうでござるから……
王  勿論の事じゃ。
 わしはのう、夜毎にいろいろと老人達やら又は小鳥の様な者共からいろいろの話をきいたのじゃ。
 罪のない面白い話はわしの口のはたでおどり狂うて居るのでのう。
 久し振りに参った事故わしは御事に知って居る丈の話をきかすのをお事が見えたと申す事をきいた時から楽しみに致して居ったのじゃ。
法  欠伸の出ぬまでは……
王  まー、お聞きやれ。
 ある所にその名はわからなんだがうす赤い胸毛とみどりの翼と紫の様なまなこを持った小鳥が居ったと申す事じゃ。
 なりは鳥共の中でいっち小そうてはあったが色と声の美くしさはお造りなされた神さえ御驚きなされたと申すほどでの、神からも人間からも恵みは大したものであった。
 毎日毎日太陽と共に歌い出て月に挨拶致いてからねぐらにもどったと申す事じゃ。
 ところが或る日柄にない力にまかいてこれぞと云う目あてものうて朝早くから飛び出《いだ》いた。神の御社を下に見ながら大きな御館の上を越して飛んでまいるうちに天気が急にかわっていかい大風になって参ったので小鳥はそのかくれ家《が》を求めて居るとすぐそばに己れの飛んで居るより高い所にその梢のある大木が見つかったのでそこの葉かげに美くしい身をかくいた。
 小鳥は木のかげでこの強い風にゆらりともせいで居る大木をいっち偉いものじゃと思うたので風がおさまってから己の棲家に羽根を休むるとすぐ、
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お恵み深うていらせらるる天の神様
私の美くしい姿と声を御返しいたしますほどに今日私の宿を致いてたもったあの木と同じにさせて下され
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 と祈ったところが、地面の穴からそれをききつけた悪魔奴は人の悪い笑い様を致いてから、
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叶えてつかわす
木はそなたの様に美くしい羽根はいらぬのじゃから皆ぬいて仕舞え
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 と神の真似をいたいたのじゃ。
 正直な小鳥は涙をこぼいて痛さを堪えて赤はだかになってしまうと又次の日悪魔奴は、
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木に嘴はいらぬ
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 と申して見えぬ所から石をなげて嘴を折ってしもうた。
 毎日毎日一つずつ大切なものを奪われて七日たった夕方は美くしかった小鳥は赤裸で一本の足で枯枝に止まって居った。
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神様、もう木になれまするか。
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 死にそうな哀な小鳥はきくと、悪魔は大声あげて笑いながら、
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いずれそのうちにはなるじゃろう
木の芽生えの肥料《こやし》に――
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 と申いた時小鳥は枝からころげ落ちて地面にポッカリあいて居った悪魔の穴の中にころげ込んでしまったと申す事じゃ。
 長う話した事じゃ、欠伸は出なんだかな。
法  面白うお聞申いたから出ませぬじゃ。順礼に参った老人にきいた話でござ
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