をもみ合せる。
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第一の若僧 私はどうしても都で死にたい。
いくら私が斯うした身になったと云ったって私の年がまだこんな淋しい処で死んで仕舞うのを満足しないんだもの、ねえ、……
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第二の若僧を見て同情を求める様な口調で云う。
第二の若僧は老僧のそばにぴったりとよって聖書を握って居る。
その二人を第一の若僧はじーっとややしばらく見てから、首に掛けて居た十字架を傍にはずして部屋を出て行く。
第二の若僧は老僧の顔をチラット見てそのうす笑いをたたえて居るのを驚いた様に口の中で何か云って自分の胸に十字を切る。やがて寝床の裡で人の身動く気合[#「合」に「(ママ)」の注記]がして、かるい、力弱い、せきばらいが静かな裡に骸骨踊りの足音の様に響く。
[#ここで字下げ終わり]
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第二の若僧 お目覚になった――
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帳をか[#「か」に「(ママ)」の注記]ける。
やつれた、情ない姿の法王が半身を起して現れる。
老僧はその姿をまじまじと見ながら、
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老僧 よう御休みなされました。
いかがでございますか? 御気分は――
法王(力なく――なつかしそうに)大層よいのじゃ。
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第二の若僧が煙りのほそくたつ薬を持って来る。
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第二の若僧 お師様、
お薬を煎じて参ったのでございます。
どうぞ召上って――
法王 いろいろといかい御手数じゃ。
したがの、わしは今日《きょう》はもう、せっかくじゃが、薬は、いらぬのじゃ。
第二の若僧 どう遊ばしてでございます、
せっかく煎じて参りましたのに――
法王 心尽しは、存じて居る。
私《わし》の召されるのは必ず、今日に違いないと申す事を、わしは知ったのじゃ。
今まで、授かった、安らかな、快い眠りは、神のやさしい御心で、この世の、最後の眠りを楽しゅうさせ様がために下されたものなのでの、
わしは、久しい間神にお召[#「召」に「(ママ)」の注記]をして居たほどに誤たない神の御心を伺う事が出来るのじゃ。
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第二の若僧は暗い表情をうかめて力無く、薬をわきに置くと偶然さっき、第一の若僧の置いて行った十字架にさわる。
指でつまんでそうっとわきにどける。
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老僧(理智的な眼つきと口調で)澄んだ正しい御心が、それはお感じなされた事でございましょう。
そして又、それは、最も幸福に御成りなさる道でございます。
第二の若僧 お師様。
ほんとうの御心で仰せられるのでございますか?
私などは、死ぬ事より恐ろしい悲しい事は無いと存じます。
あの暗くてじめじめした塚穴に入れられるのかと思いますと――
死ぬ、その時になっても私は、「生きたい」と申すでございましょうきっと。私はちっとも無理な事ではないと存じます。
法王 まだ若いからじゃ。
世の中に死ぬより恐ろしい悲しい事は有るのじゃ。
「生き過ぎた」と申す悲しみより、「死」の悲しみはうすいのじゃ。
わしは少し、「生き過ぎた」仲間なのでの。
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第二の若僧が又何か云おうとすると下手の雑な彫刻をした扉が細く開いて遠慮深くここの主夫婦が出て来る。
目立たない――、それでも内福らしい着物に老婆の小指の指環が一つ目を引く。
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老爺 いかがでござらっしゃります。
先ほど、お薬を煎じしゃった火が大方強すぎた事んだろうとの、婆《ばあ》がいかい事案じて居りまする。
婆 ほんにお坊様《ぼんさま》。
このほうけ婆が、ついうっかり薪をそえたで、常より苦うでござらしただろうかと案じましたので、おわびに出ましたでござります。
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老僧話して居るつもりだけれど声は高いし一つ部屋なので法王に話すと同じ事になって仕舞う。
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婆 (人の好いおしゃべりの口調で)それにの、お天とう様の、のぼらしゃった頃からつめてござらした衆が一刻も早くお尊《たっと》い法王様をおがみたいと云うてでござりましての。
そらな、おききなされませ、
あの広場での人声がここまでどよんで参りましょうが。
老僧 しかしね、
どうしたって今日は駄目ですよ。
大変お疲れ遊ばしてだし第一今御目ざめなすったばっかりなんだから、
「明日」って云ってお帰しなさい。
その
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