が取りとめなくならんで、一番寝台に近い壁に十字架に登ったキリストの木彫が掛かって居る。
その他の壁には、色の分らないまでに古びた絵等をはり、出窓めいた窓の縁に小さい鳥籠が置いてあって、中には何にも居ない。新らしい野菜を盛った大きな盆が隅の方に明るい色をして居る。
品の好くて見栄えのしない法衣をまとった二人の若僧と、枯れた様な僧が一人寝台のすぐそばに居る。
二人の若僧は、大変に奇麗な顔をして居る。幕が上ると、一つ長腰掛《ナがごしかけ》に三人一っかたまりになって居る。
やがて第一の若僧が立って自分の肩のあたりをつかんで四辺を見廻して又座る。
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第一の若僧 今日もまた、このまんま夜になっちゃうんですか?
 寝つづけてお出遊ばすお師様の御夢を御守りして斯うやって居なければいけない――
 私達の夢はどこの誰が守ってるんだろう。(低いうらめしい様な口調に云う)
第二の若僧 神の御試みに会って居るのだと思えばそれですべての事はすんで仕舞う筈なんです。このまんま死んで行っても神の御心にさえそうて居れば天に昇れる――
 そうに違いないじゃあありませんか。
第一の若僧 私は死んでから天国に行く事よりも今都に居る事の方が望ましい。
 神が天国をお教えなさるのも地獄をお教えなさるのもそれを恐れて生きて居る世を天国にして暮す様にさせ様ためになさった事だ。
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第二の若僧は都をしたう心に堪えかねた様に部屋をしのび足に歩き廻る。
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第一の若僧 まあ都へ帰る帰らないと云う事は別にしてこないだうちの事を思い出す毎にどれだけ、ほんとうに、今の身分が悲しいなさけないものに思われるんだか。
 只考えて御覧なさい、あの時の事を。
 雪が埋るほど積った日に、わざわざカノサまでヘンリー王があやまりに来た時の事をさ。
第二の若僧 ほんとうにあの時は今までになく目覚ましい事だった。(一人言の様に云う)
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老僧は窓の処から外を見て動かない。
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第一の若僧 七日七夜、寒さと饑に眼ばかり変に光る王が尚威厳を保とうとしたあやうい足許でお師様の前に立った時――
 ほら知ってるでしょう、
 あんなに奇麗な外套には泥の「しみ」がいっぱいついててねえ。
 真青な顔の上に髪が乱れかかったあの王の前のお師様はほんとうに立派だった。
 濡れた着物のまんま私共をにらみながら、
 「仲なおりをしよう」と下手に出ておっしゃた王の眼は、今思い出せば随分謀み深い色だったけど――
 ねえその時に、そんな事に気のついたものが一人だって有っただろうか、きっとなかったに違いない。
 私達は、あんまり上熱《のぼせ》すぎたんだ。
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二人は顔を見合わせて淋しく笑う。
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老僧 お得意になってか――
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向うを向いたまんま云う。二人はフット口をつぐむ。それから又話しつづける。
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第二の若僧(声をひそめて)ねえ私達はほんとうに巧く「わな」にかかった。
 ほんとうに巧者にだまされてしまった。
 震える身をじかに床に御据なさって、「もう仲なおりの時が来たのじゃ」と王がお云いなされた時の御師様は――まるで登る朝日の様にお見えなさった。
 けれ共斯うやって都から追われて仕舞っては、私はもう末に望はちっとも掛けられない気持がする。
第一の若僧 私なら一度ゆるした者を又諸侯にそそのかされて罪しようなどとは思わないだろうのに――。
 そしてあべこべに都を走らなければならない様な事はすまいのに――
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重苦しい沈黙がしばらくつづく。
老僧は時々白い寝床の裡をのぞき見する。
一つ腰掛に三人は別々な処に眼をやって違った事を考えて居る。
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第一の若僧 又暮方になる。
 そうすると村の人共はお祈りを戴くためにあんなに押寄せて来る。
 あのきたない、さわがしい様な群をお師様はよくもまあ御こらえ遊ばす。
第二の若僧 お師様の御徳の高い証《あかし》だもの。
第一の若僧 ほんとうにそうなら、お徳が高ければいやな事がふえる――
 今より私は偉くなりたくない、云いたい事さえ云えなくなる――
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舞台は又、沈黙にかえる。
第一の若僧は何か聞えなくつぶやきながら一直線に行ったり来たりする。
時々一方を見つめては眉をひそめて、手と手と
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