ったら養子に行くなというくらいだから、御覧のとおり何一つないうちへ来てくれとは決して云わない。ただ、生れた子に後をつがせて貰えれば満足だ。きよ子さえあなたに頼めば、もう自分は安心して目が瞑《つぶ》れる。お豊は娘ばかり持った親の苦労を訴えた。
 それやこれやから、話は故郷のことに移った。その場合も詮吉は謂わば一つのたしなみで、生れた故郷ではない、育った第二の故郷について、物を云っているのであった。
 階下でボンボン時計が、いかにも時代ものらしくゼンマイのほぐれる音を立てながら悠《ゆっ》くり十時を打った。
「――もうこんなですか?――とんだお邪魔してすみませんねえ」
 そう云いながらなお未練げにお豊が立ちかねていると、格子が、高い音をたててあいた。
「――きよちゃんかい?」
「ええ」
「二階だよ……ちょっとよせておいただき」
 また、ええという声がし、階子段《はしごだん》の下で気配がするのに、なかなか上って来ない。
「何してるんだい」
 ふ、ふ、ふ。ひとりで含み笑いしている声が軽い跫音《あしおと》と一緒に聞え、カラリと唐紙をあけるなり白いショールを手にからめたきよ子が、
「ただいま!」
 
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