ず、勇んで出かけていらっしゃる。――なみのお勤めの方には出来ないことだと私は感服しておりますよ」
 詮吉は思わず唸るような気持になり、
「――なるほど……そういうもんですか」
と云った。周密なつもりでも、詮吉はそこまでは思い及ばなかったのである。あらそわれないものだ。実にそう思った。仕方なく詮吉は、
「まア、お互にやれるうちは元気で暮す方がいいですよ」
 あっさり、笑いにまぎらした。
「そうですとも!」
 お豊は湯呑を両手のなかにもってうなずき、
「ですからね、私は五反田のにもよく云うんですよ。木村さんを御覧てね、ズボンの折目にあんなに泥のたまるのを見れば、決して楽な勤めはしていなさらないらしいのに、ああも暮せるもんだよってねえ」
 誠意のあらわれているお豊の顔を眺め、詮吉は殆ど閉口した。実は、泥のことも自分ではうっかり暮していた――
「どうも……小母さんには――かなわない」
 一緒に笑った。が、お豊はすぐ真顔にかえり、
「木村さん、御迷惑でも、こればっかりは見込まれたが因果と思って、聞くだけ聞いて下さいまし」
 詮吉は、余り思いがけないことなので、次第に眼を大きくしてお豊の顔をうち守
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