どこやら変になり始める。これはよく仲間の誰彼が経験する例であった。しかし、お豊が、伏目で長火鉢に艶ぶきんをかけている顔の表情には、気をとられたようなところこそあるが、どうもそれらしくはない無心な様子が見える。
詮吉は、やがて冗談めかした調子で云った。
「――心配ごとでも出来ましたか」
「いいえ、心配ごとっていうのじゃありませんけれどね、もしあなたがお暇だったら、一つきいて頂きたいと思うことがあるもんで……」
詮吉は自分の身に何か関りのあることを直覚し、
「小母さん、よかったら二階へ来ませんか」
そう云いながら猫板の上からハンケチをとり、立ち上った。
「僕は着物きかえるから……」
間もなくお豊がわざわざ買っておいたらしい近所の海老せんべいと茶道具とをもって、あがって来た。
いけてあった瀬戸火鉢の火をほげながら、
「木村さんとこは、日数にすれば浅いおなじみなわけなのに、どういうもんか、私は他人と思えないような気がするんですよ」
足で蹴るような恰好をして帯を巻きつけている詮吉を後から見上げ、お豊はしんみりした調子で云った。
「私もこれまでには、随分多勢の若い方を見て来ましたが、
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