郎というのは、詮吉のきいたところでは瓦斯会社の集金か何か勤め、娘三人のうち上二人を片づけただけで、先年死んだ。五反田は、二番目の雪の嫁入先であった。二つばかりの小枝という女の児を抱いてよく遊びに来るらしかった。詮吉とも顔を合わせ、藤製菓の工場へ出ている亭主が、朝早くて夜までおそく、一緒に御飯をたべるのは月に二度がせいぜいで詰らない。そんな話を気さくにして、笑ったこともあるのであった。
鉄瓶の湯のたぎる音とボンボン時計のチクタクとを年の瀬の押しせまった冬の宵らしく聞きながら詮吉は番茶をのんでいる。するとお豊が、
「今晩もまたこれから御勉強ですか」
ときいた。足のところに置いてある書類鞄に、詮吉は、徹夜で書き上げなければならぬ文書の材料を一杯つめて帰って来ている。大体勉強家と思われているので、日頃そういう挨拶はきいているのだが、今夜の云い方には、何か平常と違って詮吉の注意をひくものがある。
さて、これからひろげようと思っていた矢さき故、詮吉は用心深い心持になった。
「別に大したこともないけれど……何です?」
複雑な推測が詮吉の頭に閃いた。留守に何か来たかな。――それで、家の者の態度が
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