明で澄んで居るので、これは私の心持を曇らせた。こればかりでなく、今朝机に向ったら、硯屏の前に小さい紙くずが一つのって居た。我々が常用する丸善のアテナという封筒の屑であった。Yの立ったばかりのところだから、何となく愛を感じ、私はその書きそこないを手にとりあげた。ひろげて見たら、彼女らしくない弱々しい字で府下世田ヶ谷と書いてある。其那にペンがひどくなって居たかと思ったが、直ぐ別な直覚が起った。私共は、昨夜、一晩じゅう留守であった。とめ[#「とめ」に傍点]が書いた字だ。
 然し、このことは、私に却って鼻柱に皺のよるような苦笑を与えた。とめ[#「とめ」に傍点]にアテナは大層ハイカラーに見えたのだろう。それで、一寸椅子にかけ、花の飾ってある机に向い、アテナを使って友達に手紙でも書いて見たかったのであろう。私にも、このような気持には覚えがある、十二三の頃、父が事ム所のタイプライター用紙を一箱だけ家に持って来たことがある。頁の右肩に英語で肩書や住所などの印刷された、純白で透し模様のあるパリパリした薄い紙はどんなに私を誘惑しただろう。どうか使って見たい。一度、あの紙で手紙を書いて見たい。私は、到頭その
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