紙をそろりと引出し、一大事のような亢奮を覚え乍ら、それで手紙を書き、友達に出した。その友達が、お手紙有難うと云ったぎりで、あのエクサイティングな紙については一言も言及してくれないのが、非常に物足りなかった。何もわからない人なのだという、軽い侮さえ抱いた。とめのもそれに似たような気持――年のゆかない娘の仕業らしく、まるめた書そこないをつい忘れて置きっぱなしに仕たところに好意が持てた。着るものなどそうはゆかず、私が言葉に出してとがめ、赤い顔をさせなければ、うまく胡魔化したつもりで横着をきめるのかと思うと、友禅メリンスの中幅帯をちんまりお太鼓にして居る小娘の心が悲しく厭わしくなった。
食卓を離れ、椽側の籐椅子に腰かけ、青葉の庭を眺めた。八つ手、檜葉、樫、午下りの日光と微風に輝き揺れて居る一隅の垣根ごしに、鶯の声がした。飼われて居る鶯らしい。三月の初め、私が徹夜した黎明であった。重く寒い暗藍色の東空に、低く紅の横雲の現れたのが、下枝だけ影絵のように細かく黒くちらつかせる檜葉の葉ごしに眺められた。閉め切った硝子戸の中はまだ夜だ。壮重な夜あけを凝っと見て居ると、何処かで一声高らかに鶯が囀った。ホ
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