る。いかほど強く感じても、彼女の乏しい言葉では表現されなかったし、対者が大人だと云うこと――赤坊のときから、無条件で服従すべく馴らされている大人であり、また永く世の中に生きてい、たくさんの言葉を知り、自分等がどんなに熱心になって掛って行こうとも、都合のいいようにはぐらかすことを知っている大人であると云うことが――黙々のうちに一種の強制的な規制を彼女の感情に加えた。
彼女自身にとっては尊い名誉心を傷《そこな》われた不平と、一種の公憤に心を乱された彼女は、陰気な顔をして無言のまま、席に復すほかなかったのである。
自分さえ正しければ、何が来たって逃げまいと決心しながらも、若し母が今ここにいてさえくれたらと思うと、急に悲しくなって、危く涙が零《こぼ》れそうになった。
ところが、同じ日の昼の休時間のことである。
廊下の隅で、日向ぼっこをしていた彼女のところへ、当番だった三崎さんと云う子が来て、
「伊那田さん、飛田さんがどうかして先生に叱られてるのよ」
と云いながら、直ぐ傍に並んで腰をかけた。少し頭の足りない飛田さんが、口をあけてニコニコしながら、何か怒っている先生の顔を見ていたとか、
「
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