面積の厚み
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)絣《かすり》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)必然|横《よこた》わっている
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 或る年の冬が、もう少しで春と入れ換ろうとしていたある朝のことである。
 A小学校の、古びた二階建の一番西端れの教室では、もう一ヵ月ほどのうちに義務教育を終ろうとしてい、引き続き入学すべき学校の、試験準備にせわしかった六学年の女生徒が、ざっと五十人許り数学の課業を授けられていた。
 しめっぽい柔かな空気が、久し振りで明け渡したたくさんの窓々から快く流れ込んで来て、しんの暖かい日光が、直ぐ窓下に突出ている事務所の屋根瓦から、黒板の面へ穏やかに反射している。
 つやつやと塗りたての黒い地に、細くこまかく書かれてある数字が、遠くから眺めると、まるで何かの絣《かすり》模様のように見えた。
 一通り四辺形の面積を求める方法の復習をすませると、先生は、
「解らないところがあったら、何でもよくお訊きなさいよ」
と云いながら、低い背を出来るだけ爪立てて、びっくりするほど黒板の隅の隅の方から、応用問題を書
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