ような涙が、ひとりでに滲み出して来て、何を云う気も無くなってしまった。
始終病気に許り見込まれて、苦労がいかにも多そうに瘠せ切っている先生を一人ぼっち、困らせたり間誤付かせることに成功したところで、それが何だろう。
それほど自分は下劣な魂に生れついてはいない。情けなさと憤懣《ふんまん》が、喉仏のところで揉み合って、彼女はむせ返りそうな心持がした。
大人は始終自分達に、気の毒な人には親切にしろ、悪い心で物を考えてはいけないと、教えてくれる。
それは真個にその通りである。
そうするのは正しいことであると思っているから、自分はちっとも曲った心などは持つまいとし、また実際持たずに正直にすれば、今のように却って大人の方が、間違った、悪い心持で判断するばかりか、当然のことのように辛い心持にさせて平気である。
何故知らないことは、そのまま正直に知らないとして、この次のときまでに解らせようとしないのか。
正直と云うことが、ただ自分等が大人に叱られるときだけにほか通用しないものなのか。
彼女は、明かに一種の侮蔑を感じた。
大人の心情の価値の減退を感じた。
けれども、ただ感じるだけであ
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