を思うと、血が凍る。
 其は斯ういう事なのだ。
 私が仮令《たと》えば、愛する良人を持って、その愛に対する本能的な純粋さを持ち、希望し、勿論そのために総ての誘惑は可抗的なものであっても、若し泥棒や何かに強姦されでもした場合、単に生理的にでも、同じような亢奮を感じるものと仮定すると、如何に其を自然だとは云え、淋しい気がする、というのである。

 ○夜が更けた中に起きて居ると、不思議に静的な万物が、彼女の心を嚇かす。
 昼間は、多勢の人々の動作につれて、いつもみだされて居た家具調度の輪廓が、妙にくっきりとうき上って、しんと澱んだ深夜の空気の中に、かっきりとはめ込んだようにさえ見える。が、その静粛な明確さは決して魂のないものではない。
 人々が寝室に退くその一瞬間前の、ややとり散した位置のまま思い思いに彼方此方を向いて居る椅子や、少し隅々のまくれたカーテンや歪められたクッションなどは、却って、日のある時には思いもよらなかった暗示的な感銘を与える。
 若しその気分をもう少し強調して云えば、彼等が、昼間は擾乱させられて居た各自の魂を、此の人気ない深夜の間にとり戻して、その魂の持つ感情を、各自の気
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