無題(三)
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)仮令《たと》えば
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彼と別れて居ると云う事は、日を経るに連れて、一層辛いものに成って来た。
二人が一緒に居た時には、彼女自身に想像も出来なかった、何かひどく狂暴な力が、嵐のように捲起って、時には、一夜の安眠をさえ与えない程、若い健な、豊饒な感情の所有者である彼女を苛むのである。
其は勿論、思慕と呼ばれるべき感情であろう。然し、何か追想とか、思いとか云う、優雅な、同時に或距離を持った言葉では云い表わされない力をもったものである。
丁度、二人がしっくりと抱き合って暮す時の感じを、全体的な、ホールサムな満ち足りた生存だとすると、数千哩互を隔てられた彼女自身の一人の存在は、まるで、その円らかな一つの肉体を、真中から、無残にも二つ切りにして、その生々しく濡れた切口を、つめたい風に曝して居るような気分とも云える程だった。
あらゆる隅々の不足、彼の柔かい頬の曲線に沿うて、しっくりと一つになれる自分の丸い、子供のように膨らんだ頬、其那些細な点までが、彼女の心を淋しくした。あらゆる情景が、そのときのま
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