をしていましたけれど戸口にあらわれた快活な美くしいかおを見ては、
[#ここから1字下げ]
「マア、おかえり、少しおそすぎましたネ。おなかがすいたでしょう、早く召上れ、お茶もあついから」とよりほか云われませんでした。
[#ここで字下げ終わり]
お飯をたべて又自分の部屋に入って鵝ペンに墨をふくませました。それから白い紙の上をペンが走ると耳のそばで彼の森の女の通りな声で文句をよみます。それを自分の頭でねって綴りました。二枚三枚は見るまで五枚六枚またたくひまに書かれてしまいました。けれ共それにあとで赤い字を一字も入れるすきはありませんでした。いつの間にか入って来た母親はその句の美くしさとその筆の動とに思をうばわれて居ました。そして思いました。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
母「ほんとうにこの子は天才の子だ。私の望んで居た通り、否キット神様ののぞんで居らっしゃった通りの子なんだろう。マア、あの筆の動く様子。マアあの文の美くしさ。だれがあれが十六の子の文と思おうか。私はもうあの子がいつまで森に居ても体にさえさわらないなら叱る事はしますまい。あんな立派なものがずんずん出来るんだもの
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