無題(一)
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)細《コマカ》い

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 旅人はまだ迷って居ます。暗い森から暗い森の中へと、雪は一寸もやまず木々の梢と落葉のつもった地面とをせっせとお化粧をして居ます。まだ十六にみたない若い旅人は母の最後にくれたキッスと村はずれまで送って呉れた小さい小鳥のように美くしい女の笑顔を思い出して身ぶるいをしながら歩いて居ます。暗い暗い森は中々つきそうにもありませんでした。遠く遠くつづいて「どっちが西でどっちが東かしら、私はどっちに行ったら彼の美くしい国に行かれるのかしら」。旅人は八十になる白い頭巾をかぶって大キイ目鏡をかけた祖母に教えられてその住む村から七里西にある水の青い山の紫な乙女の頬の美くしい国へ歌枕さぐりに行くんです。細《コマカ》い小さい雪はかたまって大きい形になって落ちて来ます。
 みどり色のこいマントの上、赤い帽子の上とそしてやわらかで赤い長靴の上をポトリポトリとしめして行きます。頬はさむい風に吹かれて
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