今まで書いていたけれ共貴女のうたにさそわれてここまで来たのに」女のような声でうらむように云いました。
 詩人の頬は少しあつくなりました。白いかげは云いました。
ロ「私は貴方の声をしばらく聞きませんワ。どうぞ一つきかせてちょうだい。美くしい可愛い私の弟」ふるえている声です。空に月はありません。小ぬか星はキラキラまたたいて下の芝生に白い花は見上げるように咲いています。詩人はそれを見下してその目を上げて云いました。
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詩「姉さま、私の姉さま、何かうたいましょう、そしたら姉さまも一つ」
[#ここで字下げ終わり]
 詩人はそのやさしい腕をむねにくんで赤い唇を開いて詩《うた》いました、それは即興の美くしいやさしい詩でした。それは、「私は今美くしいローズの香をあびて身をふるわして居る。けれ共、意志[#「志」に「(ママ)」の注記]の悪い夜のとばりは黒いまくでおおってしまってどうしても私に姿を見させて呉れない。にくい夜の闇よ、意志[#「志」に「(ママ)」の注記]悪な夜の神よ」と云う意味のものでした。まるでやさしいこんな夜によく似合った美くしい詩でした。詩人が両
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