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母「ほんとうにおはげみなさい、幸の多い子ですこと」とよろこばしそうに云って又もう一つブドウをつまみました。詩人はだまって手をふきました。頬には紅がさしています。しばらく立って詩人は私は書かなくてはなりませんからと云って桃色の燈火の美くしい部屋に入って鵝ペンにインクをふくませました。目は上を見て手は生き物のようにみどりのラシャの上によこたわっています。そのやわらかい胸の中には何かうかびました。白い紙の上に一字、しなやかな美くしい字がそめられました。又一字、また一字、二枚の紙は美くしい文字にうずまり、また一枚も一枚も、テーブルの上には四枚の紙が黒い文様をつけて散りました。そうするとどこかで美くしい歌の声がきこえます。筆の行かなくなった詩人の耳はその方にかたむきました。乙女らしい細いやわらかいふるえる声はやみの中にしめってつたわって来ます。声はローズにちがいありません。少年は、二階にかけ上りました。一番はじのまどをあけて歌の調子に合せる様に、
詩「ローズ、ローズ、私よ」高く低く夢を見るような声で。
歌の声はやんで白い姿がやみの中にうくように見えます。
詩「ローズ、なぜ歌をやめたの、私は
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