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女「貴方はとうとう私の心がわからないでかえっておしまいなさるのね――けれ共、いつか思い出して下さい。私の二人とない美くしい人。さようなら、さようなら貴方の道案内は小さい白犬がするでしょう。忘れて下さいますな、美くしいやさしい人」
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詩「さようならさようなら」と帽子を振りながら門を出ました。女のかおはいつまでもいつまでもみどりの木立の間に見えていました。
 旅人は小さい白い小犬に誘われていつにもなく足早にそしてつかれずに歩きました。森を三つ許り越えた時目の前にもう村の入口が見えました。白い小犬の姿は見えませんでした。詩人はそこの立石のわきに腰をおろして汗をぬぐいながらいつの間にか、初夏の装をした村の様子を見まわしました。女達の着物はみんな薄色になって川辺には小供達がボートをうかべています。いつも行く森はまっくろいほどにしげってその中に美の女神の居る様な沼の事や丈高く自分の丈より高く生えている百合の事などを詩の人の頭にうかばせました。若い旅の詩人は大きい目をくるくる働らかせながら云いました。
詩「ああ、とうとう村に来た。もうすぐ私の家だ。私はも
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