「アアやっぱり思った通りだった。どうしよう。けれ共しかたがないでしょう。まだ年がネ。アアさっきの言葉、美くしい思いを抱いたまま死ぬでしょうって。アそうだ、私はこんな胸を抱いて居るにはあんまり若すぎる。彼の人が行ってしまったらキット私はどうしても彼の人の心に入らなければアア」と云って白いクッションに頭を埋めたまま淋しい深い森の中にまよっている夢に入りました。翌日も翌日も女は年の若い詩人の耳に謎のような事をささやいていました。十日たってからの朝小い旅人は女に云いました。
詩「お姉様私の頭には詩が一っぱいになりました。だから家にかえってほんとうに書きたいんですけれど」すまないようなかおをしながら。
女「もうおかえんなさるの。ではお帰りなさいませ。そして一生懸命にお書きなさい。私はそばに始終居て守っていましょう。けれ共どうぞ森の中に一人で住んで居る鹿にそだてられた女の事をわすれずにちょうだい。どうぞね、きっと。そのしるしに」と云ってまっかなルビーを一つ美くしい人の手の上にのせました。そしてそのまんま手を握りながら、しめやかなしぼるようなそれでも美くしい声で云いました。
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