ためて頬は紅さしています。女は細い可愛いペンで薄色の紙に書きつけて行きます。はるかに羊の群をよび集める笛の音がかすかにひびいて来ます。少年のうたはいつか休みました。女の手の働もいつかおさまりました。二人は一つのかたまりになったまま身じろぎもしませんでした。詩人の目からは美くしいつゆが流れています。手は胸をおさえたまま。女は
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女「どうなさったの、私の美くしい人。お家が恋しくなったの」
少「イイエそうじゃアないの。私はいつでも夕方になると悲しくなるんですの。ローズと山に行って居てもきっと涙がこぼれるんですの。そう云う時ローズはだまって涙をこぼさせておいてから、あとで私の頭を胸によせて『私の可愛い人もうおなきなさるな』と云って自分の頬で私の顔の涙をぬぐって呉れます。そう云う時私はいつでも又一しきり胸にあたまをおしつけたまま泣くんです。時々ローズも一所に泣いて呉れます。自分もなぜだか分らずローズもなぜだか分らないんですの」胸の手はほどけて下に落ちました。
[#ここで字下げ終わり]
 女はだまったまま詩人の手を取って、
女「さあもうすっかり日も落ちま
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