物となって、展開するのであるが、アンネットが自分の女性完成のために選んだ路は独特なものであった。アンネットは婚約の青年をもっていたのであるが、彼女は従来の仕来りどおりの結婚生活の中で二つの人間的な要素、個性的な特色が互に減殺しあうこと、愛情が見せかけの仕草や慣習の一つに堕すことなどを嫌って、通常の結婚生活に入ることを拒む。けれども、アンネットは女性としての完成、そのたっぷりした成熟をねがう心は切である。謂わばそのために却って昔からの偽善的な夫婦生活の惰力を厭っているのである。アンネットは決心をして、婚約の青年と或る期間生活を共にした。母になる可能性を信じるようになって、その青年とは訣《わか》れてしまった。
 これは作品の第一巻の部分をなしている。生れた男の子によって、アンネットの母としての生活が更にどのように進展するか、生まれた息子自身は自分の出生に際してとった母の態度をどう見るか。それらのことは巻を追うて描かれてゆくのであるが、私の心に、ほんの一部分しかまだ読んでいない物語の冒頭が思い浮んだのには、理由がある。バルザックが彼の太く膏《あぶら》ぎったペンで、結婚の儀式のかげにかくされて
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