どいと云っては、話にならない。
庭の崖下には、棟割長屋が、詰って居る。其処に各々の巣を持つ小供等が、午後三四時頃、学校が引けると、天気さえよければ、うちの板塀の外の一隅で遊び始める。下へ降りる段々の踊場とでも云うべき一坪程の平らな場所から、ずっと、自分等の家の屋根、彼方此方の二階、曙町の方の西洋館の窓々や森等の見晴らせるのが、子供等にはさぞ嬉しいのだろう。
特に、ああ云う狭い、三方は遮られて、此方から丈の展望があると云うような処を子供が好く心持は、自分にも経験がある。仲間と、左様云う処にかたまり、計画を立て、わーっと声をあげて馳け出す時の心持には、大人の知らない、胸の轟きがあるものだ。
けれども。――疲れた時、コンセントレートしたい時、節穴さえあるかもしれない板一枚の彼方で、此、手ばなしの大騒ぎをやられてはかなわない。其もよかろう。然し、門口の植木を※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]られたり、御用ききに廻る中僧などと、十二三の女の子が、露骨な性的痴談を、声高にやって居るのを、いや応なく聴かされるのは、困る。――
或土曜日。天気のよい日であった。Aが出がけに、一時頃、
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