に発表され、近代小説の本質に迫った二葉亭四迷の「浮雲」とは、全く無縁の作品の世界をもっていることは注目すべきである。また、花圃とおない年であった北村透谷が激しい青年の心に当時の社会矛盾を苦しんで、「当世書生気質」の半封建的な人生態度の卑屈さと無思想性に強く反撥しながら、人間の精神の高貴さを求めていた思想の動きに対しても、花圃の環境が全く無感覚に生きられていたということにも関心をひかれる。はじめて婦人によって書かれた小説という意味で、文学史に記録されている「藪の鶯」は、文学の本質において決して近代精神の先頭にたって闘うものではなかった。筆のすさびとして当時の教育ある婦人[#「教育ある婦人」に傍点]の妥協的常識の水準をしめしたものである。
「藪の鶯」の本質はそのようなものであったが、この一作が世間の注目をひいたことは、他のいくたりかの文才のある婦人たちに文学活動の可能を与えることとなった。木村曙「婦女の鑑」が読売新聞に連載され、清水紫琴「こわれ指輪」、北田薄氷、田沢稲舟、大塚楠緒子、小金井喜美子(鴎外妹)の翻訳、レルモントフの「浴泉記」、ヒンデルマン「名誉夫人」、若松賤子のすぐれた翻訳「小
前へ 次へ
全60ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング