時代に「二人の小さいヴァガボンド」などによって、婦人作家の文学にヒューマニスティックな新しい面をひらいた。
自然主義の「露骨なる描写」の方法は、小市民としての作家が経済政治面からしめ出されつづけてきた日本の社会的環境では、フランスでのように、社会小説として、その露骨さへ発展させてゆくことができなかった。藤村の「破戒」から「家」への移りは、この現実を語っている。「家」はそこをしめつけている封建的な、家長的な圧力に耐えかねて、「家」を否定した当時の若い世代が、個人の内部へ向けるしかなかった自己剔抉となって「私小説」の源としての役割をおびた。
婦人作家の境遇は、まだまだ男に隷属を強いられる女としての抗議にみちていた。したがって彼女たちにとっては初期の自然主義作家の肉慾描写をまねようとするよりも、むしろ、そのように醜いものとして描写されている肉慾の対象とされていなければならない女性の受動的立場と、それを肯定している習俗への人間的抗議が、より強く感じられたのは自然であった。小寺菊子は自然主義的な手法で婦人科医とその患者との間におこる肉感的ないきさつを描いたりもしたが、この作家でも、「肉塊」と
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