いう有様であった。一旦自然主義の濤に洗われて目ざめた若い男女の個性、自我、つよく味い、つよく生きんとする欲求も、おのずから発展の方向を限られて、社会的現実から逃避したロマンティックな傾きに趨《はし》らざるを得なかった事情も肯ける。自然主義から流れ出たリアリズムへの道は、四十年代の色彩濃いネオ・ロマンティシズムの芸術の世界を、地味に縫いとって徐々にすすめられて行った。既に知りつくされているとおり、自然主義は、所謂自然派の人々の間にもいくとおりもの見解をもって理解されていた。しかし、現実曝露の核心が、主として男女間の性的交渉の、感覚上の経験の告白におかれたことは、その目立った特徴であった。当時の表現をかりれば、肉の悩みを露骨に描いたのであったが、この傾向が当時の知識人の間に与えた印象は興味ふかいものがある。「読者より見たる自然派の小説」という題目で『文章世界』が、諸家の感想をあつめたとき、柳田国男氏は「自然主義小説に第一ありがたいことは人物事象の取扱いかたが超然としていること」第二に「大団円のつかない小説が通りはじめたこと」をあげて、最後に「自然派というと肉慾を書かなければならないと思うの
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