しったそういう二色の歌の流れの間にある興味ふかい矛盾に、果して心付いていただろうか。
彼は辛酸な少年時代を経た。
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孔子《くじ》のふみ読みてこもれど天雲《あまぐも》の
立たまく欲しく止みかねつも
むなしくて家にあるより己が身し
谷にうちはめ死なん勝れり
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と思いきわまった青年が、二十歳を二つ三つ越したばかりの血気で日清戦争の好戦的な気風にあおられ、師事した森鴎外が、「勲章は時々《じじ》の恐怖に代へたると日々の消化に代へたるとあり」とよんだ芸術境にも反した「荒男神」のロマンティシズムをもって現れながら、境遇の人間的な現実は抑えがたくて、
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野に生ふる草にも物を云はせばや
涙もあらむ歌もあらむ
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と詠う真情の新しい力が、近代文学として本質的な意義をもたらしたという事実は、何と興味ふかいだろう。作者は其を承知しなくとも、今日の目で眺めれば、ロマンティシズムも日清戦後の日本の現実のなかでは貴族的なロセッティの美の世界から歩み出て、当時『六合雑誌』で安部磯雄や片山潜
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