のをもっていて、何でもねっちりと熱してゆく一面があり、大衆小説には向かないと桃水にきわめ[#「きわめ」に傍点]をつけられたり、萩の舎塾の歌会なども詠草はいつも一番びりに出していたという素質こそ、芸術家一葉にとって非常に意義ふかく思いあわされる条件ではないだろうか。その悲しみやよろこびが小市民風な範囲の中に限られて終始した両親の身うちに、甲斐の農民の血がながれて、一葉につたえられていたところに興味がある。
「いでや是より糊口的文学の道をかへてうきよを十露盤の玉の汗に商ひといふことはじめばや。」歌の会などの折にと、とってあった一二枚の晴着まで売りはらって、七月十七日に下谷龍泉寺町、大音寺前とよばれているところに間口三間奥行六間、家賃一円五十銭の家を見つけて、引越した。
 吉原のおはぐろ溝に近いその家には、殆ど徹宵廓がよいの人力車の音が響いた。壁一重の隣りには人力車夫が住んでいる。毎朝一葉は荷箱を背負って問屋の買い出しに出かけ、五厘六厘の客も追々ふえて、六十銭一円と売りあげもあるようになった。細かい商いだから一日百人の客がないことなく、そういうせわしなさにいくらか馴れると、一葉は店を妹にまか
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