書肆)から「歌よむ人の優美なることを出し給へ」と註文され、同じく四月には歌入りの小説というものを請われている。本屋のそういう註文ぶりを一葉はいやがって「いと苦しけれ」と云っている。『都の花』には前の年に書いた「暁月夜」をのせただけであった。
 家のため身のすぎわいのためと思って書き始めた小説だが、生計的に窮まったこの時分「かつや文学は糊口のためになすべきものならず」と、はっきり云っている一葉の態度は、毅然たる芸術家の気魄として多くの評伝家に称讚しつくされて来ている。しかしその考えかたにはまだ追究さるべき文学上の問題がふくまれていて、糊口のためにならない文学は、当時の一葉の解釈に従えば、先ず恒産を得て常のこころを身につけたもの、塩噌の心配のないものが、月花にあくがれ、おもいの馳するまま心のおもむくままに筆とるべきものと考えられていた。文学は、彼女にとってやはり旧来どおり現実をはなれた美しい風流事としてみられているのである。生活と文学がきりはなされたままのこういう彼女の芸術至上論よりも、今日の私たちの関心をひく事実はほかにある。才女と称されている一葉が天稟のうちに一種融通のきかない律気なも
前へ 次へ
全369ページ中50ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング