能がないならば「今から心をあらためて身に応ずべきことを目論みたい」と「闇桜」をかいたとき桃水に相談したりした。どうしてそんなことを、とむしろおどろいて励ますが、一葉は依然として動揺した心持である。「女の身のかゝる事に従事せんはいとあしき事なるを、さりとも家の為なればせんなし。」
 そして何か思うところがあったらしく、俄に妹邦子について蝉表の内職につとめたりした。花圃の世話で『都の花』に「うもれ木」がのったのは、その二十五年の十一月。その原稿料は十一円七十五銭、一枚が二十五銭であった。それがきっかけとなって十二月に「暁月夜」をのせ、その稿料が入ったので、のどかな年越しをしたとかかれている。それを金額にすれば十一円四十銭也であった。
 萩の舎門下の二才媛とうたわれた一人の花圃は二十五年の秋に三宅雪嶺と結婚した。「近日鬼界ヶ島へわたるから」と花圃は諧謔的に云っているけれど、桃水との交際も断った一葉の当時の心持は単純ではなかったろう。その夏に、旧父の在世の頃一葉の聟にという話があって、殆どまとまっていたのを父の歿後利害関係のいきさつでその話はこわれていた渋谷某という男が、一葉を訪ねて来たことが
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