隆期と歩調をあわせ、封建的な民法のブルジョア民主的改正として、現実に婦人の生活を支える力ももっていたであろう。けれども、今日、五十年ばかりもおくれて、日本の資本主義経済が、最後の破綻におかれているとき、民法の上でばかり婦人の経済上の権利を認められ、財産の権利を認められたとして、その財産そのものが、日本中の誰の懐で安定を得ているというのだろう。人民層は破産している。婦人の失業は政府の政策として行われて来た。未亡人に対して、子供の母たる孤独な妻に対して、民法上の保護が、実際にどれほど効力を発するだろう。戦災によって住む家もないとき。外地から引あげて来て、貯蓄もないとき。
婦人も憲法上に独立人であるならば、それを生活の実際としてゆくために、婦人の職場の確保、母性の保護、すべての勤労によって生きる婦人が男と等しく働き、休息する権利を獲なければならないことは、今日すべての婦人の常識となって来ている。家庭の主婦の生活は、働く良人の社会的権利のうちに包括されて認められ守られなければならない。
婦人の一人一人の「私」がこのように社会的な網の結びめの益々しっかりとした一つ一つであるとすれば婦人の文学
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