ったとき、彼女の「施療室にて」が文学としてもった新しい意味は貫徹されるのである。
 窪川稲子は、佐多稲子となった。この一つのことに、文学以前の婦人として、母としてのこの作家の未だ語らない幾多の思いがある筈である。彼女一人の思いとしてばかりではなく、「くれない」の女主人公の、後日につづく思いとして。よく生きようと努力しつづけているすべての女の思いとして。
 自分というものに与えられた人間的可能を伸ばしひろげようとする熱心に燃え、女の消極を克服することに精魂を傾けて来た彼女は、連続した「私の東京地図」を第四回発表している。四回まで扱われた地域は、「キャラメル工場から」「ストライキと女店員」その他この作家の自伝的な作品に描かれた生活の背景となったところどころである。「私の東京地図」で、作者は、今日の日本の社会と今日の自身の生活と、このかつてのたたかいの跡である地域の思い出とを、明日へのどういう能動の方向で結び合わせようとしているのだろう。これまでの作品に描かれた下町、池の端、日本橋それらはどれも、そこにくりひろげられている発展のない小市民の環境とその中から脱出しようともがく若い女性の苦悩の場
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