ム文学をもって出場して来た。織田作之助、舟橋聖一、その他の作家の作品は、果して、文学というものの領域に入り得るかどうかという程度のもので現れた。同時に、文化の面における戦争協力の追及が、政府の保守、温存主義につれて緩漫なのがわかって来ると、はじめ、ジャーナリズムも本人たちも気配をうかがっていた躊躇をすてて、種々の作家が段々そのまま、再び活動を開始した。一寸挨拶に手拭をくばる、という風に、その作品の中に真実の浅い、思いつきの自己批判の数行を加えながら。
 紙の不足と新円の問題とは、ジャーナリズムと作家とを、ある意味では恥知らずとした。営利を主眼とするジャーナリズムはそれでよいとして、作家自身の問題とし、日本の文学の課題とし、この既成作家の殆ど全部隊が、血によごされたペンのまま、いかにも自主性の不足な日本の文学者らしく、お互にはあのときのことはあのときのこととしましょう、という風に今日動いていることは、何を意味しているだろう。それは十二年間に殺された現代文学の亡霊の登場にすぎない。文学精神の精髄において、社会と人間の真実を追求しようとするその精髄を喪った影の、彷徨にすぎない。これから文学に
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