係であったこと、日本じゅうの不如意、空腹、涙から荷風は離れた人であることを犇々と感じさせた。「ひかげの花」の作者が十何年かの年を重ねたというだけではない、自分だけの生きかたをするものの枯渇が、荷風のデカダンスそのものを老衰させ、艷のぬけ、意力の欠けたものとしていることが発見されたのであった。
荷風によって代表されるジャーナリズムの老大家尊重の風は、深い意味を暗示している。ジャーナリズムの事大主義が依然としてどんなにつよいかということと、それを可能にする日本の社会と文化の保守的な要素が、どんなにつよく日本に存在しているか、ということである。この日本の保守勢力温存の傾向は、政府の構成から憲法の民主的改正にふくまれた巨大な矛盾の本質までを一貫している。
荷風の氾濫に対して、近代の人民生活のこころと歴史を物語る民主的文学を要求する声がおこった。それと並んで、その文学系列においてみれば荷風のエピゴーネンとも云うべき人々が、荷風のデカダンス世界の封建性に反撥しながら、そのデカダンスにおいては荷風よりもっと人間性、知性をぬき去って、性器に全存在の意識をまかせたような、デカダンス文学、エロティシズ
前へ
次へ
全369ページ中342ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング