ントにふれて来ている。一九三三年に、プロレタリア文学が壊滅させられて、文学が急速に萎縮の道を辿りはじめた時、荷風の「ひかげの花」が発表された。そのとき、文学の発展的方向も定かでなくなった文壇[#「文壇」に傍点]は、「ひかげの花」をどんなに珍重したろう。称讚しないものは、文学を知らないものであるという風に、その「叩きこんだ芸のうまさ」を欣仰した。けれども、人間の自然として、やがて芸道讚[#「芸道讚」に傍点]そのものに疑問がもたれはじめた。そして、荷風の芸術の世界が、現実へ働きかける人間の意欲を反映していないことに不満がもたれて、能動精神というフランス渡来の主張が伝えられるようになった。
 一九四六年にめぐりあった荷風の役割も、このくりかえしであった。ともかく芸術らしさのある作品で、高く低い様々の読者層の興味をひく作品、そしてその作者が戦争協力者でないことの確実な作家。――そして荷風が登場したのであった。
 作品として見たとき、戦争は間接に荷風の芸術にも作用したことが感じられた。荷風が戦争から無関係らしいところに自身を置くことが出来た、というそのことは、日本じゅうの人々の痛苦から荷風は無関
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