年一月は、久しぶりで、いくつかの雑誌が再発足をして、文学のための場所も設けられたのであったが、人々が何となくおどろきを感じたことは、先ず永井荷風が、このジャーナリズム再開の花形として登場したことである。荷風の「浮沈」「踊子」「問わずがたり」などが、天下の至宝のように仰々しく掲載された。ひきつづき、正宗白鳥、志賀直哉、宇野浩二などの作品も現れた。一九四六年の初めの三分の一期は、こういう現象が非常に目立った。
中堅と云われる年配の作家たちは、殆ど全部、前線報道の執筆をして来ていたし、治安維持法が撤廃されたからと云って急に擡頭する民主的な新進もあり得ない。戦争にかかわる年齢は幸にすぎていて、経済の安定も保ちとおし、自分の文学をいくらか書きためることの出来ていた荷風が、無傷な、そして営業的に広汎な読者をもつ作家として着目されたのであった。この着目は、戦時中、とくにその後半期に、当時の文学の荒廃につかれた文学愛好者の間に、荷風の古い作品である「腕くらべ」「おかめ笹」などが再び愛読されていた、その機微をとらえたものでもあった。
思えば、荷風という作家は、彼独特のめぐり合わせで、日本の歴史的モメ
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