って行った、と。だが「女とは云え、それなりの作家根性でもうそれより先には日本の陣地はないというところまで進んで行った」心持は、林芙美子に漢口一番のりをさせた女ながらも[#「女ながらも」に傍点]と、どのように本質のちがったものであり得たろうか。
 時の経たいま、そのときをふりかえれば、「女作者」の作者が告白しているとおりの現実でもあった。「隠れ蓑を着たつもりのまんまで、自己を失ったことに気づかず、軍指揮者の要求を果したのである。そして自分では、はっきりとこの目で日本の戦争の実相を見てきた、と思っていたのである。多枝の見て来たと思う実相は、日本の侵略戦争が中国側のねばりで、たじ/\である、ということだったのである。そして、女の感情で、兵隊の労苦を憤る前に、泣いたのである」「多枝たちの泣いて語る話が、手頃に必要だったのである」しかし、「女と云え、それなりの作家根性」が、現実の文筆にどう表現されただろう。第一、婦人作家があれだけ多数、のべ時間にしてあれだけ長期、各地に派遣されたのに、文学作品として小説は一つも創造され得なかった。このことは、現実がこれらの婦人作家たちを圧倒していたことを直截に物
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