て肯定することに終っている。
その作品さえも、情報局は、戦争反対の嫌疑で発禁した。思考力を失ってゆく過程とその承認さえ、なおそれは、人間には思考力が在るという現実を思いおこさせる刺戟となることを、軍部はきらったのであったろう。「生きている兵隊」における作者石川達三の失敗と放棄とは、決して彼一人の問題ではなかった。作品において、作家はテーマを失ったばかりでなく、それ以前に、文学を失った。
一九三七年七月、蘆溝橋ではじめられた日本の中国に対する侵略戦争は、忽ち、林房雄、尾崎士郎という人々を報道員として北支や上海にひき出した。岸田国士もゆき、島木健作も満州へ行って武装移民団視察を行った。「農民文学懇話会」の人々が、拓務省・農林省と一緒に「大陸開拓文芸懇話会」をつくり、「文芸家協会」「日本ペンクラブ」「日本女流文学者会」などは、軍部と検事局思想部の統制のもとに「文学報国会」となって、全く文学を軍事的な目的に屈従させてしまった。これらの組織だてのために大いに斡旋した人が、菊池寛、久米正雄、中村武羅夫等であり、中心的な指導者は、翼賛会の文化部長となった岸田国士、高橋健二、上泉秀信、今日出海等の
前へ
次へ
全369ページ中331ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング