戦争強行と絶対主義的天皇制の専制に圧迫されて、社会、人生に対して批判と主張とをもつ人間らしい強力な芸術としての機能を喪って来た最後の小さい焔のきらめきのような本質のものであったことは、先にふれた。
一九三八年三月(昭和十三年)に石川達三が中央公論に「生きている兵隊」という小説をかいて発禁になった。これが、文学を文学らしいもののまま戦争と接合させようとした作品の殆ど最後のものであったと云える。石川達三は、当時所謂文壇に話題となっていた知性の問題、生と死の問題、芸術と科学の問題、行為の社会的価値判断の問題などを、そのまま中支辺の戦線へもち出し、その塹壕の中に応召して来ている誰、彼の前身に応じて、一つ一つそのテーマを背負わして、それをそれらの人間性のテーマとして、戦争という状況の裡に、その相剋や懐疑やを描こうとしたらしかった。が、この作品の試みは、窮極において、石川達三が設定した人間性の支柱としての諸問題が戦争そのものの野蛮な行動性に圧倒されて、何も考えない兵隊になってしまうこと、戦争とそれに伴う様々の非人道の行為を、非人道だと思いもしない兵になってゆくことを、「生きている兵隊」の現実とし
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