ていないものについての客観的な認識を欠いているために、「煉瓦女工」「長女」の作者は、無方向に放置されて、一部のジャーナリズムの消耗にまかせられている。
私たち日本の婦人作家は、嶮しい歴史の三角波を、一人一人の楫につけつつ、しかもやっぱり、ひたむきに文学の仕事をつづけてゆくであろう。一蹉跌ごとに粉飾ははぎおとされる。やがて、偽瞞のない婦人の社会生活とその文学とについての関係が理解されて、歴史の中にそのような条件を創ってゆくよろこびが芸術の美感と一致したとき、そこに咲く花として新しい文学が匂いたかくあらわれるにちがいない。そのときこそ男性と女性との間にも新しく美しい関係がつくり出されてゆく。絶望を拒んで、私たちは刻々のうちに社会と自分の全可能をとらえ、力をうちこめてわが生と文学とをすすめて行こうとしているのである。
[#地付き](一九四六年十一月)
十一、明日へ
一九四一―一九四七(昭和十六年―二十二年)
一九三九年代(昭和十四年)に、婦人作家の活動が特別目に立ったということは、決して日本文学の興隆を語る現象ではなかった。反対に、日本文学が、三二年来の
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