ている。しかも今日、日本の社会と文学との野づらを吹く風は、決して駘蕩たるものではない。こわれて軒の傾いた現代文学の一隅に、女姿と女心とにより立つ婦人作家の存在が、高い波浪の間でどのように自身の文学成長を遂げて行くであろうか。昭和十五年の夏に婦選の団体が、十八年の歴史を閉じて解散した。このことは、婦人と文学の課題にとって、別世界に起った無関係な事実ではない。個々の私たちの生活感情にとって、女権拡張という範囲での婦人参政権獲得運動がどううけとられていたにもせよ、日本の歴史のひろい景観の中にこの事実をおいて眺めれば、この社会条件のなかで日本が更にひろやかに自分を成長させてゆくために役立つ一つのものを獲たのでないことだけは明白である。婦選の団体さえも存在理由を失った今日、社会一般に加えられている重圧の意味を、わたしたちは十分に知らなければならないと思う。このような事実を考えて来ると、再びヴァージニア・ウルフの文学についての考えかたが、省察にのぼって来る。ヴァージニア・ウルフは、十年ばかり昔に書いたその論文の中で、女性の文学的成長の可能を、次のようないくつかの条件の上に見出そうとした。「年五百磅
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