家は殆どない。すべての婦人作家は、何かの形で自分というものの形成の過程、発見過程を文学にうつして来ているのである。それにもかかわらず、日本の挫かれた社会と文化の事情で、人間性がのびきらないうち、封建性と近代経済の二重の圧力によって、婦人作家は「女心」の擬態から自身を近代的に解放出来ずにいる。
 今日の文学が、種々雑多な歪みだの、不如意だのを示しつつ、その姿なりに時代の性格を語り告げていることは意味ふかい真実である。権力がどのように荒々しい力を発揮したにしても、人間とその社会の生活がある限り、文学は息づいている。今日、このようにまで文学の水脈は涸渇させられた。が、この涸渇そのものによってその時代のうけている傷痕を物語るのも文学以外にはないのである。
 日本の文学は明治以来、幾変転を重ねた。しかしながら、この一つらなりの跡づけの仕事のうちに明瞭に見られたとおり、日本の真の近代社会としての朝は明治維新によってはもたらされなかった。旧いものと新しいものとは、封建の濃い蔭とそれに絡む資本主義社会の末期的な現象との錯綜の形で私たちすべての社会生活、ものの考えかたや感じかた、精神のポーズにまで影響し
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