力」などとして見られる。同時に、このように生命力の多様な発現の姿に興味を示した作家の世界が、そのつよい色彩や濃い描線にかかわらず、いつも一種の暗さと頽廃を伴っているのはどういうものであろう。生命のあらわれ、その躍動として、人間万事のいきさつを見るこの作家は、それを全く自分の感性の世界においてだけ感じとり、くみ立てた。動き、進み、古葉をどんどんおとして更新しつつある歴史の足どりのなかに、それに相応ずる発現として「いのちの力」を把握する能力をもたなかった。従って、岡本かの子の主観的ないのち[#「いのち」に傍点]の感覚は、はげしさにかかわらず、自分一個の経験範囲、その伝統、その限界を超えることがなかった。その経験、伝統は、かの女によって少からず誇りをもって語られる旧家「しにせ」の環境であり、それは、どんなに溌剌としていそうでもつまりは旧い皮袋につめられた酒であった。高揚の状態が目ざましければ目ざましいほど、そのあてどない生命力の燃焼のかげは濃い頽廃に息づいた。「渾沌未分」にしろ、「やがて五月に」にしろ「母子叙情」においてさえも。
 このように、明るそうでありながら真実には暗い岡本かの子の文学
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