の反面では、一見正反対のようなロマンティックな芸術態度を生むきっかけとなった。それぞれの側からだけ見れば、生産文学と岡本かの子の濃厚な自己陶酔とはまるで異った世界をつくり出しているように見えながら、実は不幸な背中あわせの時代的双生児で、共通の一本の脊骨は、現実探求の放棄、創作過程における作者の恣意という因果で繋がれていたのであった。最近の二三年間に、特殊な歌人作家岡本かの子は彼女の命のあやを吐きつくした。この婦人作家の独特さは、現代の文学が一九三三年以後とめどもなく駈け降りつづけた異様な「人間肯定」の坂道の上にまき起った真空に、吸いよせられて、そこに咲き出したものであった。
『青鞜』の頃既に歌人として歌集『かろきねたみ』などを著していた岡本かの子が、小説の仕事にとりかかりはじめたのは、昭和七年ごろ、外遊から帰って以後のことである。
彼女にとって「初恋だ」と云われていた小説が、この時代に開花しはじめたについて、どんな内部の展開が経過されたのか、略伝に記されているとおり、外遊が薬となって利いたという点もあるにちがいない。ひろめられた見聞によって自分の情緒の世界に確信が与えられたということ
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