云わば呑気すぎ、無智すぎる。そういう社会的な理由に対する作者自身の無自覚に加えて文学の世界の人々は「熱風」や「オイル・シェール」の文学的失敗の結果についてだけやかましく云って、只の一言もその作の貧困をもたらしている日本の社会文化生活の貧困条件について、いきどおらない。このことを、私たち婦人作家は深く銘記させられる。小山いと子の貧寒は同時に日本の全作家が、男女にかかわらず、その生涯にわけもっている近代作家としてのマイナスである。そのようなマイナスを与え、一人のアリス・ホバードも、一人のパール・バックも生れ出られない旧い日本の生きかたに対しては、鋭いと思われ、思っている室生犀星の神経さえ一向に働かない。彼はただ女は女のことを書くように、と云えただけであった。新しく文学に登場した新しい失敗から、文学者のためになる批評、文学を発展させる能力となる反省は一つも導き出されなかった。「女は女のこと」と云われるとき、小山いと子の心に何が浮んだであろう。彼女は再び出口のない女の歎きにかえるしかしかたがないのであろうか。そして、その歎きを真実打開しようとする努力も失って、歎きさえ女の一つのしな[#「しな」
前へ 次へ
全369ページ中286ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング