レタリア作家のグループに所属した。

     九、人間の像
          一九三四―一九三七(昭和九年以後)

 既に一九三一年(昭和六年)満州事変と云われた満州侵略戦争がはじまっていた。一九三二年三月の下旬に行われたプロレタリア文化団体に対する全国的な検挙は、この戦争と決して無関係でなかった。プロレタリア文化団体は、帝国主義の時期に入った日本の侵略戦争が、大衆の不幸であり、特に婦人の涙の谷であることを主張して来ていた。戦争に反対するすべての思想、作品、行為は政府の邪魔として弾圧され、一九三三年四年の初めまでにプロレタリア作家同盟も、演劇も科学者のグループも短歌と人生俳句のグループさえも解散しなければならなかった。大量に、そして長い期間に亙って、プロレタリア文学運動に参加していた婦人作家が男の仲間と同じように拘禁生活におかれた。小林多喜二が一九三三年二月二十日、築地署で拷問によって虐殺された事件は、文化の上に吹きすさんだ嵐の血なまぐさい惨虐の頂点をなした。
 非常に広い範囲で愛読者をもっていた小林の死を知って、組織的な関係はちっともない夫人やよその若い娘というような人々が弔問に
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